その他の導入事例
日経ヘルスケア4月号に弊社「Dr.Board」導入先であります、国民健康保険名田庄診療所所長中村伸一先生の記事が掲載されました。
中村先生は2007年にも同誌ヘルスケアリーダーとしても取材をうけ、記事が掲載されました。
(以下 日経ヘルスケア4月号 掲載内容)
手書き入力のメリットを最大限に活かし使いやすさを極めた
電子カルテ「Dr.Board」

海と山に囲まれた自然豊かな町・福井県名田庄。その医療を一手に担う診療所に、電子カルテ「Dr.Board」が導入された。「この電子カルテだから、導入に踏み切った」と、同診療所の中村伸一所長が語る「Dr.Board」の最大の魅力は、長年使い慣れた2号書式そのままに、紙カルテと同じ感覚で使える手書き入力の手軽さ、便利さ。導入までの経緯や、今後のより幅広い活用への期待などを、中村所長に聞いた。
紙カルテの使いやすさに並ぶ
理想的な電子カルテ

国民健康保険 名田庄診療所 所長 中村伸一
(撮影:福尾 行洋)
福井県の南西部、京都府と滋賀県に接するおおい町名田庄は、手付かずの自然に恵まれた日本の原風景が残る町。美しい夜空を求めて人々が訪れる「星の町」としても知られている。人口約3,000人、65歳以上の高齢化率が約30%という同地域の住民に対し、総合的・一体的・効率的な保健医療福祉サービスを提供することを目的に、1999年に開設されたのが「あっとほ〜むいきいき館」。その一画を占める名田庄診療所の所長・中村伸一氏は、1991年から現在まで、後期研修期間を除く17年間にわたり、地域唯一の医師として名田庄の医療を支えてきた。高齢者の在宅ケアを徹底的に実践する一方で、早期ガンの発見・治療や携帯電話を使った保健指導といった先端医療にも意欲的に取り組む中村氏の活動は、『日経ヘルスケア』2007年1月号でも紹介され、注目されている。「僕らの診療活動では、1人の患者さんと長期にわたってお付き合いする必要がある。同じ人を何度も診察しながら書いたカルテには、患者さんの病歴だけではなく、生活や性格までが凝縮されているのです」(中村氏)毎日、約60人の外来診察を行うだけでなく、昼休みの合間をぬって3〜4軒の訪問診療にも出向き、さらに24時間態勢で急患にも対応する中村氏。17年間に書き綴ってきたカルテは約1,000人分を超え、蓄積された情報は、膨大な量になる。「紙カルテのファイリング等に自分なりの工夫をして、かなり使いやすい状態になっていました。既にレセプトコンピュータ(SANYOメディコム)が導入されていたこともあり、いずれは電子カルテの導入が必要になるとは考えていましたが、こだわって作り上げた紙カルテの使い勝手に代替できる電子カルテとなかなか出合えませんでした」(中村氏)2007年11月、名田庄診療所に導入された電子カルテ「Dr.Board」は、数多くのシステムを見て、体験してきた中村氏が「ようやく出合った」理想的なシステムだったという
2号書式+手書き入力が
生み出す診療のスピード感

レセコンとシステムを連携させることで、受付から診察、処置、投薬、会計までを1枚のカルテで管理できる。
「毎日の外来のなかには、大きな問題がなかったときもあれば、重要なエピソードを語ってくれたときもある。あるいは重症で救急搬送されたようなケースもある。手書きのカルテをめくっていると、そうした毎回の重みが、行間から瞬時に読み取れるんです。ところが、電子カルテにキーボードで入力したテキスト文字からは、そのニュアンスが伝わらない。直感が働かないことが、何より不満でした」(中村氏)紙カルテには、個々のドクターが長い経験のなかで生み出してきた独自の書き方があり、重要なポイントや診療の流れがわかりやすく表現されている。「Dr.Board」の最大の特長は、すべてのドクターが使い慣れた2号書式のカルテ用紙が、画面上にそのまま再現され、電子ペンを使って手書き入力できること。さらに、4分割、9分割の画面表示で、過去のカルテを一覧表示できること。「赤や青のペンで文字を強調したり、フリーハンドでスケッチしたりできるし、紙カルテのファイルをめくるように、過去のカルテを一覧できる。その感覚は、紙カルテとまったく変わりません」と中村氏は語る。「Dr.Board」をフルに活用する中村氏の診療室をのぞいてみると、患者と視線をかわしながら、カルテの記入が軽快に進んでいく。タブレットの画面を設置した位置と角度が、患者と会話しながらカルテを記入する作業と、絶妙にフィットするのだという。スケッチを描き、オリジナルのスタンプを押し、検査結果や画像等を貼り込み、さらに処置や投薬をオーダーし…といった作業が、リアルタイムで進んでいく。ときに、患者が興味深そうに、中村氏の手元をのぞき込むと、中村氏は画面上のスケッチや、カルテに貼り込まれた画像を見やすく拡大し、患部に矢印を書き込んだり、動画を再生したりしながら説明を加える。次々に所見を記入し、スケッチや画像を表示する様子は、患者との会話を一切妨げない、流れるようなライブ感が漂う。「導入時の教育はわずか数日。医師や看護師をはじめ、誰もが使い慣れた2号書式をそのまま活かした『Dr.Board』だからこそ、スタッフ全員が簡単に使いこなすことができ、スムーズに導入できたのでしょう」(中村氏)
病診連携の有効性を高める
情報共有の核としての可能性

文字の強調やスケッチも、
2号書式のカルテと同じ手書き感覚で行えるうえ、
画像や動画の貼り込みも可能。

訪問診療先等では、
画面を拡大・縮小して入力できる
タブレットPC型の携帯端末(A4・B5の2サイズ)が便利
電子カルテの導入促進が叫ばれて久しいなかで、その普及は遅々として進んでいない。しかし中村氏は、「広く使われている2号書式をそのまま活かした『Dr.Board』なら、電子カルテ普及の起爆剤になれるかもしれない」と、そのポテンシャルを指摘する。「例えば訪問診療に出向いたとき、現実的に診療中にカルテを入力でき、データをそのまま使える電子カルテは、『Dr.Board』が初めてでしょう。さらに2号書式を使った『Dr.Board』なら、ドクターの世代や、施設の規模、診療科目を問わず、共通して使えるはずです。だからこそ将来は『Dr.Board』を核にした医療機関の連携も模索していきたいと考えています」(中村氏)「Dr.Board」のデータを患者に携帯してもらうとともに、地域の医療機関や救急車等に端末を設置し、情報を共有すれば、病診連携の有効性は格段に上がる。ドクターなら誰でも使いこなせる2号書式を使った「Dr.Board」だけが提供できる大きな可能性だ。中村氏が、「『Dr.Board』と出合ったから、電子カルテの導入に踏み切った」と振り返るように、これまで電子カルテ導入を躊躇してきた多くの医療機関、ドクターにとって、「Dr.Board」の存在は大きな期待感を抱かせる存在になるに違いない。
国民健康保険名田庄診療所
施設概要

国民健康保険 名田庄診療所
国保学会最優秀論文


平成3年、自治医科大学の卒業生として、県庁か らの派遣で旧名田庄村に赴任した。その当時、将来 はがん治療に関わる外科医になるのか、
地域医療を ライフワークにするのか、自分でも迷いながら悩み ながら「とにかく与えられた仕事は全うしよう」と いう思いで、
へき地での診療に取り組んできた。
最終的には地域医療を選択したことになるが、赴任当初から現在まで一貫して「患者が望む場合、可能な限り自分ができることは自分でやり、
ここでで きることはここでやる」ということを基本姿勢とし ている。
旧名田庄村は、平成18年3月に漢字の大飯町と合 併し、ひらがなの「おおい町」となった。
個人情報保護が厳しくなっている世の中の流れも あり、合併後の現在、名田庄地区だけの疾病統計、死亡統計等を抽出することは困難となった。
そこで、平成 3 年に旧名田庄村へ赴任してから合併するまでの15年間の悪性疾患との関わりについて まとめたので、報告する。



おおい町名田庄地区(旧名田庄村)は福井県の最南端に位置する人口3,000人弱、高齢化率30%の地域であり、
医療機関は国保直診である当診療所のみで、最も近い総合病院(公立小浜病院)までは車で25分という環境にある(図1)。
平成 3 年、私が赴任した当時の名田庄診療所は、鉄筋コンクリート平屋建ての古くて小さな建物であ った。多くのへき地診療所と同様、医師は一人であ
り、入院設備はない。当時の 1 日平均患者数は65人であり、C T などの高額医療機器はないものの、X 線テレビ装置・超音波診断装置・上部消化管内視鏡
・下部消化管内視鏡などの医療機器はそろっていた。
平成11年には、国保直診に国保総合保健センターを併設した保健医療福祉総合施設「あっとほ〜むいきいき館」が完成し、地域包括ケアの拠点ができた。
入院設備や介護保険における入所設備のない「在宅 を支える」がコンセプトの総合施設である。この平成11年度から16年度は医師 2 名体制で診療していたが、
平成17年度からは地方の医師不足のあおりを 受け、再び医師一人での診療体制となった。
(1) がん等悪性疾患の診断
平成 3 年度からの15年間で、当診療所で診断し得た悪性疾患は150例で、平均すると年間10例となる。
胃がん・大腸がん・肺がんの順に多いのは一般の頻度と同様であるが、珍しい症例としては、悪性リンパ腫のうち、胃のMALToma 、
肺のBALToma がそれぞれ1例ずつあった(表1)。
早期発見に努めることは言うまでもない。しかし、早期発見できずに治癒に至らない場合でも、最初に当診療所で診断することが、患者と紹介先の医療機関
からの信頼につながることは間違いない。診断能力があると信頼されるからこそ、紹介した病院から
の逆紹介により、治療後のフォローや緩和ケアを任されていると考えている。
(2)誕生月胃カメラ検診制度
がんの診断に大きな役割を果たしているのが、名田庄村独自の制度である誕生月胃カメラ検診制度といえる。この制度は、40〜70歳の住民を対象として、
誕生月に限り 1 人2,000円で胃カメラ(上部消化管内視鏡)で検診を行う制度である。
昭和63年に私の前々所長(現福井県立病院外科・服部昌和医師)の時代に始めた事業で、平成17年度末までに2, 929例実施し、うち19例(0.65%)の胃が んを発見した。
この発見は、従来のバリウムによる胃集団検診の 3 〜5 倍に当たる。発見した19例のうち15例(78.9%)は早期胃がんであり、いずれも完治している(表2)。
なお、この事業は、合併後の新町でも引き継がれている。

(3)外科医・内視鏡医としてのがん治療への参加
社会保険高浜病院、福井県立病院、公立小浜病院等の協力を得て、患者が希望した場合、自分で診断したがんの治療には積極的に参加するようにしている。
私自身のがん治療への参加は、15年で45例であった。自ら術者として執刀したのが14例、助手として手術に参加したのが19例、内視鏡治療の術者となったのが12例である。
内視鏡治療のうち、一度も病院に紹介せずに診療所の外来で治療した症例は3例であった。これらの胃がん・S状結腸がん・直腸がんの各症例はいずれも早期であり、当診療所の外来治療で完治すること得た(図2)。
このように癌治療に直接関わることは、長くへき地診療所に留まる際のモチベーション維持にもつながっている。
(4)化学療法・内分泌療法
経口剤を除いた化学療法・内分泌療法を行ったのは9例であった。
進行胃がんに対する5FU/MTN併用療法、5 FU /CDDP併用療法がそれぞれ1例、2例ある。
大腸がん肝転移に対しては、皮下のポートから5FU/LVを持続動注した症例が1例、皮下のポートから中心静脈に5FUを持続静注させCDDPを間歇投与したが途中からCPT-11/ 5FU/L併用療法に切り替えた症例が1例あった。
とくに後者は、初診の段階でS状結腸癌の多発肝転移状態で腫瘍マーカーも異常高値であったが、患者が「2か月延命のために1か月も入院したくない」と自宅療養を強く希望したため、紹介先の病院から早期退院し、可能な限りの在宅化学療法を継続した。当初の予想を超えて長く生存し、初診から11か月目に自宅で永眠した。
前立腺がんに対するLH-RHアゴニストの投与は 4例であった。
また、経口剤では、最近日本で認可されたテモダールを脳腫瘍(悪性神経膠腫)再発の方に投与した経験がある(表3、図3)。

(5)在宅緩和ケアと在宅死
悪性疾患と在宅死をみると、当診療所で最初に診断した150例のうち、死亡は82例、そのうち在宅死は28例(34.1%)であった。また、
他の施設で診断治療され当診療所に紹介のあったのは10例で、死亡は8例、うち在宅死は5例(62.5%)であった。
当診療所が関わったがん患者死亡例の90例中33例(36.7%)が、在宅で最期を迎えている。
る認知症患者を除いて、ほとんどの患者にがんであることを告知している。認知症の場合は、「事実は忘れ、感情が残る」という特徴があるため、
告知によるメリットは少なくデメリトが大きいと考えている(表4)。

平成 3 年度からの15年間で、旧名田庄村で亡くなった方の総数は512名で、そのうち在宅死は216名(42.2%)であった。最近の日本全体の在宅死率11〜12%と比較すると、
高い在宅死率であると言える。
在宅死の死因では、いわゆる老衰(自然死)が103例(47.7%)と半数近くを占めるが、がん等の悪性疾患は33例(15.3%)であった(図4)。
ところで、在宅での見取りはむずかしいのだろうか?
末期がんと寝たきりでは、患者を抱える家族の不安の質が異なることを経験する。末期がんの場合、家族の不安は「いつ死んじゃうんだろうか?」であり、
寝たきりの場合は「いつなったら死ぬんだろうか?」ということになる。
末期がんの場合は期間限定だからこそ、もっと多くの方が在宅で死を迎えることができるのではないだろうか。

昔は、家で生まれ、家で老い、病に倒れても家で過ごし、家で死ぬ。つまり、生老病死のすべてが家で営まれた。
今は、病院で生まれ、老いてからも家で過ごしにくくなり施設で過ごす人も少なくない。ほとんどの人は病院で死んで、一度も家に帰らずに葬儀場へ直行というパターンもよくみられる。
どちらの環境のほうが、同居する子や孫は命のリアリティを実感するだろうか?
悪性疾患であっても私が在宅死にこだわる理由は、家という日常生活の場で息を引き取ることが、本人のためだけでなく、子や孫に命のリアリティーを伝える大切な
儀式(命のリレー)だと考えるからである。

最近、かかりつけ医やプライマリ・ケア医、総合医の重要性がマスコミでもさかんに言われているが、その定義や解釈はさまざまである。総合診療に関わる、 いわゆるGeneralistの医師は、以下のように大きく分類できると私自身考えている。
・北米型ER医
・総合内科医(General Internal Medicineを実践する医師)
・クリニック型家庭医(Family Medicineを実践する医師)
・地域包括ケア医(≒へき地離島型総合医)
北米型ER医は、あらゆる疾患や外傷の初期治療に関わるが、慢性疾患のフォローは対象としない。総合内科医は、臓器の専門性にかかわらず広く内科全般を診るが、
外傷や整形疾患は対象としない。多くの場合、北米型ER医や総合内科医の活躍の場は大病院が中心となるであろう。
クリニック型家庭医は、家庭に重点を置きプライマリ・ケアを提供するが、検査手技や治療手技にこだわらず専門医への橋渡しに徹する医師が多い。
おそらく多くの人々は、クリニック型家庭医を総合医として考えているのではないだろうか。
ところが、クリニック型家庭医が増えても、地方の医師不足が解決しへき地や離島の医療が充実するとは思えない。なぜなら、
紹介医に徹して困難な症例をすぐに専門医に紹介できるのは、都市部に限られるからである。
へき地離島では、自分の臨床能力では手に負えないと感じる場合でも、患者を目の前にして逃げられない状況になることも少なくない。その分野の専門医ほどの力量はなくとも、
その場その場で自分の能力の100%(あるいはそれ以上)を出さざるを得ない。へき地離島型総合医、すなわち地域包括ケア医は、限られたコミュニティにおいて、予防から診断、
治療、リハビリ、看取りまで幅広く診療することを求められ、医療機器も人的資源も限られたスペックを最大限に活かさなければならない。
今回、悪性疾患について述べたが、その他の疾患でも同様で、予防から看取りまで人々のライフサイクルすべてに関わり、あらゆる場面で全力投球するのが第一線の地域包括ケア医
としての醍醐味であろう。
地域包括ケア医こそ本物の総合医であり、地域包括ケアを実践する医療機関での教育こそが、真の総合医を増やし、地方の医師不足を解決する近道ではないだろうか。

医療従事者か否かにかかわらず、へき地診療を理解していない人の中には、診察して薬を処方し、ときどき採血や胸部X線を撮るだけでへき地診療所のプライマリ・ケア外来は十分だと考えている人が少なくない。なかには、お年寄りの話し相手をするのがへき地や離島の診療所外来だと大きく勘違いしている人さえいる。
それとは逆に、離島でのレベルの高いすばらしい医療を描き、多くの人々に離島医療の夢と感動を伝えのが、山田貴敏氏の漫画作品でテレビドラマ化もされた「Dr. コトー診療所」であった。
しかも、Dr. コトーはブラックジャックのような 架空の人物ではない。国診協の大先輩、鹿児島県下甑島手打診療所の瀬戸上健二郎先生がDr. コトーの実在のモデルであることはよく知られている。
離島で食道がんや腹部大動脈瘤の手術を行う瀬戸上先生のようなスーパードクターにはなり得ないが、せめて雪国の「Dr. 陸のコトー(孤島)」でありたいというのが私の思いである。